事業売却とは?メリット・デメリットや手続きの流れ・税金を解説

事業売却とは?メリット・デメリットや手続きの流れ・税金を解説
この記事の監修:M&A専門家
四辻 弘樹
S M B C日興証券・みずほ証券の投資銀行部においてM&A、ファイナンス、I P O等に携わる。その後は上場企業のテモナにおいてCSOとして事業戦略、M&A、新規事業開発に従事。現在はM&Aアドバイザリーの他、資金調達支援、IPO支援に加えCFOとしての活動。

事業売却は、会社そのものではなく特定の事業だけを譲渡するM&Aスキームです。こういうと会社を切り売りするみたいで、うまくいくのか不安になる方もいるでしょう。

この記事では、事業売却の特徴とそのメリット・デメリット、手続きの流れなどについて解説していきます。

事業売却とは

事業売却とは

事業売却は事業譲渡ともいわれ、企業や組織が行っている事業の一部、または全部を第三者に譲り渡すことをいいます。対象となる資産や負債が、売買契約に基づく取引として、個別の移転手続きなどを伴って移転、承継されるのが特徴となります。

事業売却では、実際に譲り渡すものを選択できるので、全部を譲渡する全部売却と部分を譲渡する一部売却がありますが、特に呼称を分けないことが一般的です。

売却される事業は、事業用の財産としての有形物や権利だけを指すものではなく、取引先や営業エリア、運営の組織なども含まれることがあります。ノウハウなどの無形資産も合わせて譲渡されることもあり、事業の時価純資産額にのれんを加えてとらえるのが一般的です。

事業売却で得た売り手側の利益は会社に属するものであり、経営者等の個人に帰着しない点には注意が必要です。企業のオーナーなどが個人的な利益を求めて事業売却を考える場合、不利益をこうむる可能性があリます。

近年の事業売却の動向

近年の事業売却の動向

事業を売却するというと、2000年代初頭頃までは「身売り」などと蔑称する傾向がありました。この雰囲気が変わってきたのが1999~2005年頃の企業再編税制の整備がきっかけでした。当時は、不採算事業部門を切り離す企業再編のためのM&Aとして行われるのが主でした。

昨今の人口減少、高齢化に伴う市場の矮小化や後継者不足は、特に中小企業の経営者にとって重い課題となっています。自身の高齢化による会社の廃業を回避するために、事業承継の手段として事業売却を考えるM&Aは増加傾向にあります。

もう一つの傾向は、ベンチャー企業などにおいて、イグジットを目的とした事業売却が増えていることが挙げられます。ベンチャー企業におけるイグジットは、従来はIPO(株式公開)によって利益を確定する手法が多く取られてきました。しかし最近は事業売却によるM&Aが増加しつつあります。

これはIPOに比べて短期間にコストをかけずに利益を得られることが理由の1つです。もう一つは財務に優れた大企業へのバイアウト(売却)によって、事業自体の発展が期待できることです。そのシナジー効果によって企業の成長も見込める点でメリットが大きくなってきています。

今後は事業承継などの事業を終える手段としての事業売却よりも、現在の事業を売却して企業としての成長を目指したり新規ビジネスを開拓したりしようとする事業投資型の事業売却が主流となっていくことが期待されます。

事業売却する目的

事業売却する目的

事業売却は売り手側が対価として現金が得られます。したがって、その目的は利益確定の側面が大きくなります。また買い手側から見れば、自社の経営基盤の改善が期待できます。

事業承継

中小企業庁の調査によれば、60歳以上の経営者の実に半数が廃業を検討しています。少子高齢化の中、事業承継は中小企業の最大課題となっています。これを実現するには第三者への事業承継が大きな選択肢となり、その方法として事業売却によるM&Aが選択されるわけです。

事業売却を引き受けるには潤沢な資金力が必要であり、買収先は自ずと大企業が多くなります。そうした資金力を持つ大企業の傘下に入ることにより、経営安定を図るねらいもあるのです。

個人事業主の事業譲渡

会社を設立して法人格を持つことなく事業を展開している経営者を個人事業主といいます。いわゆる自営業者です。個人事業主になるには、税務署に事業開始後1カ月以内に個人事業の開業届出書を提出すれば可能です。つまり個人事業主は、買い手になる者さえいれば事業売却をすることで比較的に容易に事業承継ができるわけです。

事業売却をしたい個人事業主は、税務署に廃業届や青色申告の取りやめ届出書などを提出して廃業します。そして事業をまるごと買い手となる者に売却することで、事業を整理し売却益を得られます。

ベンチャー企業の利益確定

昨今ベンチャー企業による事業売却が増加傾向にあることは先に述べました。ベンチャー企業は一般にIPOによってイグジットし、経営者は利益を得ることが多かったのですが、事業売却によってより短期的に利益を確定できます。

これは、イグジットでの利益確定をゴールとせず、新規ビジネスへの投資資金を得るための手段としているといえます。また、自社の事業を財務基盤の安定した買い手企業に譲渡し、事業経営の安定化と成長を目指すことも大きな目的となっています。

事業ポートフォリオの転換

大企業はいくつもの事業を並行して行い、その比率や事業傾向を最適化しようと考えます。こうした事業の組み合わせや、企業の資産の構成、生産物の組み合わせなどの意味に用いられるのがポートフォリオという言葉です。

事業ポートフォリオを転換することで、より注力すべき事業やターゲットとなる市場を転換していけるので、事業ごとの効率性や収益力、安全性などを向上させられます。また必要に応じて事業を整理することで、経営資源の効率的な活用が実現できます。

こうした事業ポートフォリオの最適化を図るプロセスにおいて、事業売却は効率的な組織再編をするためのM&A手法となり得ます。コアとなる事業を強化するために他社の事業の買収を、逆にノンコア事業を切り離すために売却を検討することになります。

事業売却のメリット・デメリット

事業売却のメリット・デメリット

事業売却は、事業承継やバイアウトを検討しているスタートアップ企業などに有効なM&A手法ですが、実際に検討するとなるとその長短を把握しておくことが重要です。売り手側、買い手側それぞれにメリット、デメリットを見ていきます。

売り手側のメリット

売り手側のメリットは、会社自体に変更を加えることなくM&Aが実施可能であり、売却益が経営改善に利用できることだといえます。詳しく4つに分けて解説します。

主力事業に経営資源を集中できる(売り手)

非主力事業の売却は、企業経営者やオーナー、そしてM&Aに興味を持つ投資家にとって大きなチャンスです。この取引により、企業は得られた資金を収益性の高い主力事業に再投資できます。さらに、人材の観点からも、非主力部門に割り当てられていた資源を主力事業に移すことで、企業全体のパフォーマンスを向上させる機会が得られます。

資金調達

事業売却は売買行為による取引です。したがってその成約はすなわち売却益として現金が得られることになります。当事者間のやり取りで取引が成立するので、利益を得ることに複雑なプロセスがないことは大きなメリットです。

負債を生じている事業を売却することで資金を得て、新規事業や成長部門への投資を行うことで負債をなくし、経営改善につなげることも可能です。

組織の整理

会社の売却であれば、せっかく好調な部門があってもそれも手放さなければならず、M&Aのハードルは高くなります。しかし事業売却ならば、不採算事業や課題を抱えている事業だけを手放すことも可能で、経営状態の改善に大きく資することができます。

また事業売却ならば、会社としての従業員や資産は維持できます。会社の経営自体は、売却する事業を除けば、現状通り継続することが可能です。売却益を残存事業への投資に回すことで、より効率的な経営改善が期待できます。

会社の継続

株式譲渡などで会社自体を手放してしまうと、子会社化などにより商号や組織の改変は避けられません。事業売却ならば、会社の法人格に影響することなく実施が可能です。取引先などの信用を損ねる心配はなく、不要な混乱を招かずに済むのはメリットの1つです。

債権者への通知が不要

会社の組織改編にあたるM&Aは、一般に債権者の債権保護手続きをする必要があります。事業譲渡は組織改編にはあたらず、債権者に対する公告、催告は必要ありません。債権者の意向などに左右されずに交渉が進められるわけです。

買い手側のメリット

買い手側のメリットは、即戦力となる事業を、余計な心配をすることなく、効率的に取得できることになるでしょう。詳しく4つの点で解説します。

必要な事業を選択可能

事業売却は売買取引だと説明しました。これは買い手にとっても同じことがいえます。会社の譲渡を受ける場合、意に沿わない事業部門があったとしてもそこだけ買わないというわけにはいきません。しかし事業売却であれば、自社のニーズに合う事業だけを選んで買収することが可能です。

売却対象になっている事業が必要なら契約するし、そうでなければ見送るわけで、あくまでも売り手、買い手のニーズが合致したときだけ売買が行われるのです。

のれんの節税効果

企業間で事業の売買をする場合、事業に関連する有形資産の価値だけで取引されることはまれです。なぜなら、その事業を運営するにあたってのノウハウや、運営企業のブランド力などが加味されることが一般的だからです。こうした売買価額と純資産額の差のことをのれんと呼びます。

のれんは無形固定資産であり、事業売却の場合、5年かけて減価償却するものとされています。これは損金として計上されますので、5年間にわたりそのぶんの所得が下がることになります。すなわち、所得にかかる税金を節税できるわけです。

不測のリスクの回避

企業には第三者の保証人となることなどによる偶発的な債務やデリバティブによる含み損、会計操作による飛ばしなど、簿外債務と呼ばれるものがある場合があります。これらは貸借対照表上には顕在しないため、存在が知られにくくなっています。

会社の譲渡を受けると、こうした簿外債務のようなリスクも背負うことになります。しかし事業譲渡では、経営全般に関わる承継はありませんので、こうした不測のリスクを引き継ぐこともありません。リスクを恐れることなく交渉ができるのは大きなメリットです。

債権者への通知が不要

事業売却においては、買い手側にも債権者への公告、催告は不要です。こうした手続きを省略することで、交渉はよりスピーディーに行われ、迅速な事業展開が可能になります。

売り手側のデメリット

メリットの多い事業売却ですが、手間がかかる点は大きなデメリットです。また事業売却ならではの制限などもあります。5つ挙げて解説します。

税金

事業売却は売買行為であり、売却益が得られます。売却益は所得ですから当然に税金が課せられます。この点が対価として株式などを用いる会社の売却とは大きく違い、デメリットといえます。税の申告を忘れると法的なペネルティを課されることになるので注意が必要です。

承継の手間

事業売却の場合、事業にかかわる個別の財産ごとに事業承継の許諾を得ていく必要があり、株式の譲渡だけで売却が成立する株式譲渡などに比べて、非常に手間がかかります。事業譲渡契約書の締結で売却自体は成約しますが、その後の具体的な譲渡の手続きはかなりの時間と労力を要することを忘れてはなりません。

また売却した事業にかかわって負債が発生する場合、その取り扱いを検討する必要が生じます。不採算事業の整理を目的としている場合などは、特にこの問題が生じやすいので十分な検討が必要です。

株主総会の開催

事業売却は債権者保護の手続きである公告、催告は不要ですが、株主への通知は必要です。株主総会を開く必要があるからです。事業売却は会社の資本にかかわる重大な決定ですので、株主総会での特別決議を得る必要があります。

議決権株式数の過半数を定足数とし、出席株主の2/3以上の賛成が必要な特別決議ですので、株主に十分意図を理解して賛成してもらう必要があります。事前の根回しや、総会開催における手続きなど遺漏なく進めておかなければなりません。

ただし売却対象の資産が、会社の総資産の2割を超えない場合、特別決議は不要になります。

書類の準備

買い手は契約にあたり、デューデリジェンスを行い、売り手側の財務や経営に関して調査します。このとき提出を求められる書類に事業別財務諸表があります。これは事業別の一定期間における経営実績や財務状況を明らかにする目的で、複式簿記に基づいて作成されるものです。売り手は利害関係者に対しこれを提示しなければなりません。

売り手としては、複雑な事業同士の関係を除外した単独の事業にかかわる書類の作成自体が負担ですし、これによって売買の成否が左右されるのも不安材料です。さらに、内容は機密事項であり、デューデリジェンスのためとはいえ、買い手に情報がわたること自体もリスクとなり得ます。

売却後の制限

事業売却した場合、売り手側は同一市町村および隣接市町村の区域内で、売却対象事業と同事業は20年間行えないことが会社法に規定されています。売却した事業をもう一度やりたいと思っても、できないことは押さえておかなければなりません。

ただしこの競業避止義務は当事者間で特約をつけられます。その場合は期間の拡大、縮小が可能で、義務を履行しない選択肢もあるとされています。

買い手側のデメリット

買い手側にとっても手間がかかることが大きいデメリットです。また税金の面でも気をつけなければならない点があります。くわしく解説します。

面倒な手続き

事業売却では、事業にかかわる許認可は承継されず、新たな申請や取得が必要になります。同業者から事業を買い取った場合は、そうした手間が省ける場合もあるかも知れませんが、何らかの手続は必要になる可能性があり、そうした負担は時間や労力を要します。

また従業員の雇用を継続したい場合、雇用契約は改めて締結し直す必要があります。取引先との契約も同様に再締結が必要です。それぞれ個別に同意を得る必要もあり、事業に慣れた人材の確保や販路の維持のためにも多くの手続きを要することは大きなデメリットです。

税負担

事業売却は売買行為です。その対象は資産やブランド力であったり、人材であったり、あるいは負債であったりします。この中に課税資産が含まれていれば、売買に伴う消費税が発生します。売買価額の最大1割程度に上る金額ですから、決して無視できる負担ではありません。

また税制上の優遇を受けられないことも見過ごせません。グループ内企業の合併では認められる、繰越欠損金の引き継ぎは認められません。繰越欠損金は将来的に所得を低減させることで節税できる制度ですが、組織再編ではない事業売却の場合は、この恩恵は受けられません。

事業売却と会社売却の違い

事業売却と会社売却の違い

事業売却は事業単体が売却対象です。事業とそれに関連する資産や負債をまとめて売却し、その対象は事業譲渡契約書にも明記されます。これに対して会社売却は株式を売却し、契約書で資産や負債については触れられません。また事業売却では個々の資産等は個別に契約して承継されますが、会社売却は包括承継となります。

また対価を誰が受け取るかにも違いがあります。事業売却では対価の受領者は売り手の企業です。会社売却では売り手企業の株主がその持株の譲渡に伴って対価を受領します。株主は個人の場合もありますし、子会社株式や投資有価証券の取引では保有企業などの法人である場合もあります。

事業売却では、譲渡資産の中に課税対象資産が含まれていれば、単純な売買と同様に消費税の課税対象になります。会社売却は株式が売却されますが、株式譲渡は非課税取引と定められているので、消費税の課税対象にはなりません。

事業譲渡との違い

事業売却を検討する際、事業譲渡という言葉を同じものとして捉えがちですが、実は法的な意味合い、手続きのプロセス、税金の影響の観点からみても重要な違いが存在します。事業売却は自身の運営する事業や会社の一部または全部を別の企業や個人に売り移すことで、経営権の移転が伴います。これに対し、事業譲渡は事業の一部分を別の会社に移す行為で、あくまで事業の一部の話であり、会社そのものの売買は含みません。

自身の会社に関わる重要な判断を行う際には、これらの違いを理解し、各自の状況や目指すべき目標に適した選択をすることが大切です。事業売却のメリットとしては資本の確保、経営資源の集中、リスクの軽減などがあります。また、税金の面で有利な場合もあり、総合的な戦略として利用できます。

一方、事業譲渡は特定の事業部門を売却することで、会社の他の部門に資源を集中し、より効率的な運営を目指せるメリットがあります。しかし、部門ごとに異なる法律や税金の問題を事前に理解しておく必要があります。

企業経営者やオーナー、M&Aに興味がある投資家が事業売却や事業譲渡の決定に際して、述べた基礎知識や特徴を理解し、最適な選択を行うための一助となれば幸いです。専門家と相談し、自社にとって最良の方策を検討することをお勧めします。

事業売却の売却価格算定方法

事業売却の売却価格算定方法

事業を売却するといっても、事業に値札がついているわけではありません。売買取引ですから売り手と買い手で値段が折り合えばいいわけですが、双方の思惑は当然相反していますからかんたんに妥結することはないでしょう。基準となる算定方法をもとに客観的、合理的な価値を求めないと、交渉の糸口さえ見つけられません。

ここでは、一般的によく用いられる算定方法を4つ解説します。

DCF法

事業の収益性に着目する算出方法をインカムアプローチといいます。この代表的な算定方法がDCF(Discounted Cash Flow)法(割引現在価値法)です。これは対象の事業で将来的に見込まれるキャッシュフローの総額を、現在の価値に換算して事業価値を算定する方法です。

この方法は、事業の将来性も含めて価値評価できる点で優れています。しかし、キャッシュフローの算出やその算出に用いる割引率の設定など、根拠となる部分に主観性が反映されやすく、売り手と買い手でギャップが生じやすい問題があります。

類似会社比較法

対象となる事業と類似した事業を行う上場企業の株式の市場価格をもとに価値評価する方法を、マーケットアプローチと呼びます。代表的な手法が類似会社比較法(マルチプル法)です。

この手法では、類似企業の売上高や営業利益、当期純利益などの財務諸表の数値に対して、どの程度の倍率(マルチプル)で株価が評価されているかを利用します。例えば類似企業の事業価値としての株価が、その営業利益の5倍で市場評価されている場合、売却対象事業の営業利益の5倍を事業価値として算定するわけです。

中小企業ではEBITDA(Earnings Before Interest,Taxes,Depreciation,and Amortization)もよく用いられます。この評価方法は、買収後に投資回収にかかる期間が示される点で優れています。EBITDAを算出したうえで、平均的なEBITDA倍率である7~8倍を乗じて事業価値を算出する方法です。

時価純資産法

事業をその関連資産や負債をもとに価値評価する方法をコストアプローチといいます。

代表的な手法は時価純資産法です。対象となる事業が有している資産の時価から抱えている負債の時価を減じて事業価値を評価します。時価の評価に正確性が求められるので、専門家に依頼して評価を行うことが一般的です。

売却対象事業の資産として高額な土地などの不動産が含まれる場合などに優れた算定方法です。また逆説的ですが、赤字企業ではインカムアプローチやマーケットアプローチでの算定が困難なため採用されることもあります。

年買法

年買法は、他の方法と比べてやや合理性には欠けますが、簡易的に短時間で算定できる点で優れています。具体的には「修正純資産+営業利益×任意の年数」で事業価値を求めます。

時価順資産法では評価から漏れてしまうブランド力やノウハウなどの無形固定資産、いわゆるのれんを評価する方法として併用されることもあります。任意の年数は、利益がどの程度の年数保たれる見込みがあるかによって設定されます。

事業売却の相場

事業売却の相場

事業売却の相場は、同事業規模の会社売却より低いのが一般的です。会社の一部しか手に入らない事業売却が、会社をまるごと手に入れられる会社売却より低くなるのは当然かもしれません。

しかし、事業売却ならではのメリットも多いことは見てきたとおりですので、M&Aの目的に応じてスキームを選択すべきです。ここでは事業売却の相場価額について見ていきます。

株式市場との比較で相場を求める

事業売却の価額は一律的に定められてはいません。あくまでも当事者間の合意で価額は決まり、目安としては事業価値評価の算定をすることが一般的です。多く用いられる方法の1つに、株価収益率(PER)を用いて純利益から相場を求める方法があります。

PER(Price Earninngs Ratio)は「時価総額(株価)÷当期純利益」で求める数値です。利益に対して何倍程度の株価(企業価値)が見込めるかの目安になります。東証1部上場企業の2020年9月末時点での平均PERは21.2倍でした。

もしも売却事業の当期純利益が2,000万円だったとすると、この事業価値はこれに21.2を乗じて求められ、4億2,400万円の事業価値があると見積もれます。この数値は上場企業全体の平均なので、類似事業を行う企業のPERを用いることで、求められた事業価値の信憑性はより高くなります。

年買法で相場を求める

より簡易的な方法として用いられるのが年買法です。「修正純資産+営業利益×任意の年数」で求められますが、事業売却の相場として用いる場合、任意の年数は3~5年とすることが一般的です。

上記の例で、修正純資産が2億円だったとします。そうすると年買法によって企業価値を求めると「2億+2,000万円×3~5年=2億6,000万円~3億円」となります。この数値から、該当事業は3億円弱程度が相場と考えられるわけです。

事業売却の手続き・流れ

事業売却の手続き・流れ

事業売却の手続きは、会社売却における株式譲渡などに比べると債権者保護手続きなどが必要ないだけにややシンプルです。しかし、対外的な届け出などを含め、決して容易な手順とはいえません。M&Aにおいてはいかなる手法であれ、着実な進捗が求められます。10のステップに分けて解説します。

1.売却事業の決定

事業売却をする場合、最初の段階は売却事業を決めることです。採算の上がっていない部門、反対に成長が見込まれるので独立させたい部門、整理したいノンコア事業など、中長期的な経営戦略にのっとって、切り離したい事業を見極めます。

対象事業が決まったら、事業に関する数値を見直しておくことをおすすめします。事業別の財務諸表があればいいですが、そうでない場合は事業別の貸借対照表や損益計算書を準備しておくことが必要です。

2.売却先の決定

事業売却も売買取引である以上、買ってくれる相手が見つからないかぎり何も話は進みません。売却先を決めるには、自社のネットワークを最大限活用するのはもちろんですが、自ずから限界はあります。次のような外部の協力を検討しましょう。

  • 取引銀行や地域の地方銀行などの金融機関
  • M&A仲介会社への依頼やM&Aプラットフォームへの登録
  • 業界に通じた知人など信頼できる人物

3.基本条件の提示

売却先相手企業が決まったら、トップ面談を皮切りに交渉が開始します。このとき買い手が取引希望の意向を示し、基本的な条件を提示するのが意向表明書です。売り手としてはここで示された買い手の要望、希望するスキーム、買収価額、スケジュールなどについて検討します。

意向表明書に法的拘束力はありません。この取り交わしや交渉に関してはM&A仲介会社などを立てることも可能です。買い手の意向を確認して、すり合わせができるようなら次のステップへと進みます。

4.基本合意

交渉を経て妥結した事業売却のスキーム、買収価額、対象資産と負債、従業員の処遇、譲渡契約締結日やクロージング日などを盛り込んで、基本合意書(LOI=Letter of Intent、MOU=Memorandum of Understanding)を締結します。もちろん条件で折り合わないかぎり、無理やり基本合意をしようとするのはトラブルのもとですから避けるべきです。

これは法的拘束力を持たせないのが一般的で、作成しない選択肢もあります。しかし、成約確率を高めたり、のちのちのトラブルを回避したりする意味で作成することが望ましいです。買い手としても独占交渉権や価額の上限設定、スケジュールの共有などができ双方にとってメリットの大きい作業です。

5.デューデリジェンス

買い手は売却終了後、事業に関する全責任を負うことになりますから、のちのちのリスクを回避するのは非常に重要です。買い手側がリスクの有無などを確認するために売却事業について精査するプロセスをデューデリジェンスといいます。

デューデリジェンスでは、財務や経営状況はもちろん、法務面や人事、技術面やITシステムに至るまで、専門家のサポートを得ながら多岐にわたる調査が行われます。売り手は基本合意に基づいて、マネジメントインタビューに答えたり資料を提示したりして協力しなければなりません。

デューデリジェンスで隠匿しているリスクがないことや誠意ある対応などにより、売り手は買い手のより強固な信頼を得て、成約確率を大きく上げられます。

6.取締役会の決議

デューデリジェンスを終えて、買い手側のリスクヘッジが担保された段階で、取締役会での事業売却の承認決議を得ることになります。これをもって最終契約に向かって動き出すことになりますので、ここまでの経過や準備した書類、契約事項等に不備がないかをしっかり確認する必要があります。

7.事業譲渡契約

合意内容をもとに、事業譲渡契約書を作成し、売り手、買い手双方の確認を得て締結となります。事業譲渡契約書の内容には法的記載事項はありません。売却対象事業の資産と負債、対価、譲渡期日、資産等の移転手続きに関する事項、競業避止義務など、一般的なM&A契約に必要な内容が記載されます。

事業譲渡契約書は法的拘束力を持ち、売り手、買い手ともに契約上の義務を負います。当事者によるチェックはもちろんですが、M&A仲介業者や弁護士など専門家にも、その作成段階から助言やサポートを得るようにするのが無難です。

8.報告書の提出、届け出

契約書の締結が終了したら、報告書の作成と届出を行うことになります。社内で事業売却に関わる資料として保管しておく意味でも重要な書類となります。またこの段階で臨時報告書の提出と公正取引委員会への届け出も行います。今後における同様のM&Aの際、資料とするためにも作成した報告書等は確実な管理をしておくことが必要です。

9.株主対応

事業売却は原則的には株主総会の決議が必要です。株主総会の招集にあたっては、事業売却についての株主への通知と定款に沿った公告をしなければなりません。事業売却の意義や効果などを株主にしっかり根回しして、賛同を得られるようにする必要があります。

特別決議を要しますので、議決権株式数の過半数の株主の出席と、出席株主の2/3以上の賛成が必要です。また反対株主からの株式買取請求があれば真摯な対応が求められます。

なお、売り手側企業においては、売却事業の価額が純資産の2割以下の場合は決議不要となります。また買い手側も事業の全部ではなく、一部譲渡の場合は決議が不要となります。

10.許認可等の手続き

株主総会の決議を経て事業売却が終了というわけではありません。監督官庁に許認可の申請をし、契約等の移転手続きをしなければなりません。事業譲渡は包括承継ではありませんので、財産や権利、債務、契約などを移転していく手続きが個々に必要なのです。

こうした契約等の移転手続きは買い手側の役割ではありますが、事情をよく知る立場で売り手側も協力して円滑に進むよう図る必要があります。雇用を維持する従業員の雇用契約の手続きやノウハウ、のれんなどの譲渡も行ったうえで、事業売却の完了となります。

売却決定から完了まで、短くとも1カ月、一般的に3カ月から半年はかかります。途中の手続きに手間どることなどがあれば、さらに長期にわたることも考えられます。

事業売却でかかる費用・税金

事業売却でかかる費用・税金

事業売却は売買取引ですから、通常の商取引と同じく課税対象になります。税金ばかりでなく生じる経費もあります。ここでは主に税務に関して、その費用を見ていきます。

売り手側に発生する費用・税金

売り手側は、対価としての現金を得るわけですから、その所得に対する法人税が課せられます。2021年3月の実効税率は29.74%となっています。またこれに付随する地方法人税、法人住民税、事業税も課せられます。課税対象が売却価額全体ではなく、そこから譲渡資産の簿価を減じた額となることに注意が必要です。

対価を受け取っているので、消費税を納付する義務もあります。ただしこれを実質負担するのは対価を支払った買い手側です。このほか、場合によっては償却資産税、固定資産税、都市計画税などの課税対象となる可能性があります。

必要経費を確実に計上することで所得を圧縮し、法人税を節税できます。各種保険や共済などに加入した場合も経費として認められるので、役員など経営陣の退職金積立などを契約することも検討してみる必要があります。

ほかに必要な費用としては、M&A仲介会社や契約書作成にあたった弁護士など士業専門家への手数料負担があります。また株主総会を開催する場合は、開催経費、公告にかかわる経費などが生じます。

買い手側に発生する費用・税金

買い手側の最大の税負担は消費税でしょう。買収価額が巨額になるほど、その1割の消費税負担は見過ごせません。消費税は、土地以外の有形固定資産、棚卸資産、営業権、無形固定資産などが課税対象となります。納付は売り手が行いますので、買収価額に上乗せして支払うことになります。

事業売却に不動産が含まれる場合は、上記と別に不動産取得税が課税されます。また内容によっては償却資産税、固定資産税、都市計画税が発生する場合があります。さらに登記の書き換えを行う際の登録免許税も必要です。

営業権等により買収価額が買収資産時価を超える部分(税務上ののれん=資産調整勘定)について、5年間の均等割の償却を条件に、課税所得に対して損金として算入することが可能です。このことを利用して買い手側で節税を図れます。

このほか必要な費用としては、売り手側と同じく手数料や株主総会関連の経費が生じます。また買収後の許認可申請や契約に関わる印紙代や専門家への依頼手数料なども考えられます。

事業売却の成功事例

事業売却の成功事例

事業売却は、そのメリットを十分に活かせば、売り手、買い手双方にとって成長の契機となるM&Aの手法です。ここではそんな成功例を3つ紹介します。

1.シャープ

2021年8月、大手音響メーカーであるオンキョーホームエンターテイメントは上場廃止となりました。2020年3月末、2021年3月末と2期連続の債務超過で東証の廃止基準に該当していたためやむを得ないことですが、あわせて業績向上を目指す発表を行いました。

それがシャープ、VOXXへの、主力事業であるAV事業の売却でした。売却価額は33億円以上となりました。この事業売却により、同事業の生産部門をシャープが、販売部門をVOXXが担当し、オンキョーのブランド名は維持されました。

財務状況の悪化から、企業が本業を売却することでブランドの維持を図った事例です。買収側もそれぞれの特性を活かし、事業拡大に成功しています。

2.クレイテックワークス

クレイテックワークスは、プロフェッショナルエージェンシー事業を展開する企業です。30万人以上のプロフェッショナルと25,000社以上のクライアントをマッチングして、映像やゲーム、Webなどでのウィンウィンの関係構築を目指しています。

2019年9月、同社はインタラクティブブレインズ社からの事業譲渡を受けました。売却事業の内容は3DCGアバターやVR、コンテンツ開発などです。買い手側の事業拡大のねらいを達成するために、積極的に事業譲渡を求めた事例です。

3.オーネット

2018年4月、株式会社オーネットは、親会社である楽天から、「楽天ウェディング」というウェディング事業の売却を受けました。売却価額は公表されていません。

楽天ウェディングは、結婚式の準備に関する情報などを提供するWeb事業を展開していました。披露宴の会場や結婚指輪の検索サービスなども充実し、ユーザからも好評を得ていました。この事業売却で、結婚情報サービス事業を展開するオーネットは、事業領域を広げることに成功しました。

親会社の組織整理のねらいも満たしつつ、グループ企業間で事業売却が行われた事例です。

事業売却を行う際の留意点

事業売却を行う際の留意点

事業売却を考えるのは、往々にして経営に行き詰まっているときでしょう。つい結果を急ぎたくなりますが、最大の利益を最小のリスクで得るためには周到な準備と入念な計画が必要です。できれば数年先を見越したプロジェクトとして考えることが望ましいといえます。

この準備期間を利用して、頼れるビジネスパートナーとしてのM&A仲介会社を見つけましょう。M&A仲介会社にも得手、不得手があり、またスキームによっても対応が違ってきます。可能なら複数のM&A仲介会社に相談し、より要望に答えてくれるアドバイザーを見つけたいものです。

そしてこうした準備の中にあって、最も注意すべきことは情報の漏洩です。従業員や取引先などに思わぬ形で売却の意向が伝わると、就業意欲の低下や、信用不安を起こしかねません。場合によればそれが原因で業績の悪化などを招いて、M&A自体が頓挫する可能性もあります。情報は適時、適切に開示していくことが肝要です。

事業売却でよくあるトラブルや失敗理由

事業売却でよくあるトラブルや失敗理由

事業売却は会社売却に比べるとプロセスがシンプルなので、悪い意味で気軽に実施を目論んでしまうことがあります。そうしたある種の気軽さに起因するトラブルや失敗が起こりやすいことには気を引き締めなければなりません。

まず売り手側の問題として準備不足が考えられます。対象事業のみの貸借対照表や損益計算書の準備などを怠り、話が進んでから価額設定が不適当であったことに気づいたり、買い手の要求に応えられなかったりするトラブルが起こります。

買い手側ではデューデリジェンスを十分にしないトラブルがよく起こります。株式譲渡と比べて、負債などを引き継がなくてよいから大丈夫と思い込み、対象事業の隠れたリスクに気づかないままに成約に至っても後の祭りです。

事業譲渡契約書は任意記載事項しかないので、内容が曖昧になりやすいのもトラブルのもとです。譲渡対象資産が不明確で、後でその範囲を巡って裁判沙汰になることも少なくありません。裁判にあたっても重要な証拠である契約書が曖昧だと、訴訟は長期化します。

上記ともかかわりますが、譲渡条件を二転三転させてしまい、相互の信頼関係が崩れて破談に至るのもよくあるケースです。市場価格のようなものがない取引ですので、価額設定を巡っての行き違いやトラブルもよく見られます。十分な価値評価と交渉が必要です。

そして、よく見られるのがコンプライアンスの問題です。事業売却は売買取引だから自由にできるかというと決してそうではありません。株主総会の特別決議を要する場合もありますし、公告も必要です。こうした法定手続きを失念してしまうことは厳に戒めなければなりません。

事業売却を成功させるポイント

事業売却を成功させるポイント

事業売却を成功させるには、主に売り手側が売却に足るだけの事業と信用を提示できるかにかかっているといえます。

まず事業のユニーク性をアピールすることが重要です。売り手企業の独自のノウハウなどを含めて、差別化した事業性が強調されれば、買い手側の企業価値評価は高まります。

そしてその事業の将来性もアピールする必要があります。事業がユニークでも先細りの未来しか提示できないのでは買い手はつきません。将来的な事業展開を含めて提案することで、価値評価も高まり売却価額も上がることが期待できます。

さらに、売り手企業は財務状況を健全にしておかなければなりません。特にデューデリジェンスで隠れたリスクが発覚するのは厳禁です。簿外債務や訴訟リスクなどがないことは買い手の信用を大きく高め、売り手の要望を十分に踏まえた成約が期待できます。

事業売却・M&A相談ならウィルゲートM&A

事業売却・M&A相談ならウィルゲートM&A

事業売却は比較的容易に実施可能なM&Aスキームで、メリットも多くあります。しかし実際に行うとなると相手企業の選択などで、情報収集に戸惑うことも多いものです。

ウィルゲートM&Aは、9,100社以上の経営者ネットワークを持ち、すばやくベストなマッチングを提案できます。30例近いM&A成功実績もある経験豊かなM&A仲介会社ですので、事業売却の進捗を確実にサポートできます。

事業売却 まとめ

事業売却 まとめ

事業売却は、会社売却に比べるとその手続きがシンプルな点や、M&Aに伴うリスクを最小限に押さえられる点などで優れた手法です。しかし、PMI(経営統合)の過程での手続きが煩雑であったり、税負担が大きかったり、乗り越えるべきハードルもあります。

こうした疑問や不安を解消するには専門家への相談が欠かせません。

ウィルゲートM&Aでは、9,100社を超える経営者ネットワークを活用し、ベストマッチングを提案します。Web・IT領域を中心に、幅広い業種のM&Aに対応しているのがウィルゲートM&Aの強みです。M&A成立までのサポートが手厚く、条件交渉の際にもアドバイスを受けられます。

完全成功報酬型で着手金無料なので、お気軽にご相談ください。

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