新設分割と聞くと、新設するのに分割するとはどういうこと?と不思議に思う方もいるかもしれません。
このスキームは、既存の会社から事業を切り取って新しい会社にしてしまうというダイナミックな手法です。
この記事では、新設分割について、吸収分割との違いやメリット・デメリット、手続きについてくわしく解説します。
新設分割は会社分割といわれるM&Aの手法のうち、新たに会社を設立して事業などを承継するスキームをいいます。既存の企業が分割された事業等を承継するスキームは吸収分割と呼ばれて区別されます。
会社分割で分割の対象となるのは「事業に関して有する権利義務の全部または一部」とされています。(会社法第2条第29号、第30号)ここでいう権利義務は、事業に資する資産、負債、雇用関係、取引先、顧客や販路、ノウハウなど、会社として保有しているものを指します。
分割の際はこの権利義務をまとめて(事業部門全体として)分割する場合と、特定のもののみ(例えば固定資産のみ、など)分割する場合がありますが、一般的にはまとめて分割することがほとんどです。
新設分割は、この分割された権利義務を承継する新しい会社を設立する方法ということになります。
新設分割は、既存の企業から特定の事業部門を切り離して、その権利義務を新しい会社に承継しようとするものですから、その目的は自ずから限られてきます。
1つ目は、文字通り組織再編を目指す場合です。これはグループ会社内で行われることが多く、設立された会社はこのグループ内に置かれることがほとんどです。グループ内企業の中で肥大化してしまった事業部門を整理する場合、独立させた方が事業拡大が期待できる場合など、当該の事業を新しい会社として立ち上げるわけです。
2つ目は、ジョイントベンチャーの立ち上げです。この場合は、複数の会社からそれぞれの関連する事業部門を切り離し、これをまとめて一つの会社として立ち上げます。切り離し前の会社が、提供した事業規模に合わせて新設会社の株式を持ち合うことになります。
3つ目は、企業再生を図る目的です。これは企業全体として収益性が極端に悪化し、債務超過の状態に陥っている場合に取られる手法です。事業を採算が取れている部門と、そうでない部門に切り分け、前者のみを新設分割で新しい会社に事業承継するやり方になります。
新設分割には、その対価の株式を誰に交付するかなどによって、3種類があります。
第1の種類は、分社型新設分割(物的新設分割)と呼ばれます。分割会社(分割前の会社)から新設会社に事業の権利義務を承継し、その対価として新設会社の株式を分割会社に交付するものです。分割会社が新設会社の株式を100%保有するので完全子会社となります。
第2の種類として、分割型新設分割(人的新設分割)があります。分割会社から新設会社に事業の権利義務を承継するのは同じですが、対価の新設会社の株式は分割会社の株主に交付されます。分割会社の株主は両社の株主となり、分割会社と新設会社は同じ株主に支配される兄弟会社となります。
2006年5月、新会社法が施行され、分割型分割(人的分割)は廃止となりました。しかし、分割会社が新設会社から得た株式を、全部取得条項付種類株式の取得対価、または現物による剰余金配当として分割会社の株主に交付すれば、事実上の分割型分割となります。
第3の種類が、共同新設分割です。複数の分割会社がそれぞれの事業の権利義務を共同で設立する新設会社に承継させ、新設会社の株式は分割会社に配分して交付する方法です。同一事業者の事業統合によるM&Aや資本提携(アライアンス)の手法としても用いられます。
吸収分割とは、分割会社の事業の権利義務を分割したものを、既存の企業(承継会社と呼びます)が承継するというスキームです。2つの会社分割の違いは、分割会社から分割された事業の権利義務を承継するのが新設会社か承継会社かという点です。
新設分割は、承継先が新しい会社なので、その設立の手間がかかることや、許認可を新たに申請、取得しなければならない点などがデメリットです。しかし新設会社の株式を分割会社が100%保有するので、分割元の事業関係者だけで新設会社を完全支配できる点がメリットです。
吸収合併は、承継会社から対価として得る株式は、必ずしも承継会社を支配できる比率とはならないため、承継会社の経営をコントロールできない可能性があります。承継会社とすれば、承継した事業は許認可等も含まれる場合が多く、すぐに事業展開できる点が魅力です。
新設分割は、分割会社の事業を切り取って新しい会社とするスキームですので、M&Aとしては異質な感じがします。それは事業や会社が拡大するM&Aのイメージとは真逆な印象さえあるからです。このスキームの良さや問題点について見ていきましょう。
新設分割は、分割会社の特定の事業が独立するイメージです。新設会社が事業を始めるにあたっての効率面や、分割会社の経営面でのメリットが考えられます。5つ挙げて解説します。
新設分割では、分割会社の特定の事業を、その関連する権利義務とあわせてまるごと承継できます。例えば事業譲渡の場合、事業に関する権利や義務は売却後に個々に移転手続きが必要になります。この煩雑な手続きを省略できるのは大きなメリットです。
また、新設会社は、引き継いだ事業について、株主資本相当額の範囲内で資本金や資本準備金などを自由裁量で振り分けられます。資本剰余金への振り分けも、一定の手続きを踏めば可能です。
吸収分割に比べると従業員との雇用維持や許認可申請、取得が必要なぶん手続きは複雑です。しかし完全子会社である独立した企業として事業を展開していける方法としては、総体的な手続きはかなり簡略化できます。
買い手として考えると、新設会社が資金調達を必要としないのは大きなメリットです。一般的にはM&Aの実施には、新株予約権を発行するなどして多額の資金を調達する必要があります。新設分割では、対価は自社の株式のみなので現金の必要がありません。
事業譲渡でも株式を対価とすることはあり得ますが、現物出資に該当するため裁判所の調査を要します。結局ここにコストと時間がかかってしまい、必ずしも負担減とはいえません。
ちなみに対価とするのは株式の他に社債や新株予約権付社債、新株予約権も含まれます。
一般にM&Aでは、事業を他の会社に移転する際には資産や負債等を時価で計算します。すると簿価との間に価格変動による含み益が生じ、移転資産の譲渡益として課税されることがあります。
ところが新設分割では、適格組織再編に該当する場合には移転資産は簿価で計算されます。したがって譲渡損益が計上されなくなり、当然に課税を免れることが可能です。条件はありますが、税負担が減少する可能性があるわけです。
分割会社は特定の事業を切り出せるので、共同的に特定事業をまとめた新設会社を作ることが可能です。こうした共同新設分割は、グループ企業内の組織再編を目的とする事業統合、整理の手法として活用できます。特定の事業だけを独立させたり、複数の企業の関連部門を一つの会社にまとめたりできるのは大きなメリットになります。
こうした手法は、複数企業が関連事業を共同運営するためのジョイントベンチャーを立ち上げる際にも有効です。分割会社となる複数の企業は、それぞれの経営体制を維持したまま、共同事業経営に乗り出すことが可能になります。
新設分割では、包括的に事業を新設会社に移転できます。このことは新設会社における移転手続きの円滑化、効率化が可能なことを意味します。事業承継を考える際に、事業譲渡を行うよりも少ない労力とコストで実現可能なわけです。
特に事業の移転に際して、資金調達が不要であり、資産や権利義務関係を引き継げる新設分割は、事業承継のスキームとして好適であるといえます。
新設分割のデメリットは、関連する手続きがかなり煩雑だということが大きいでしょう。煩雑な手続きは、当然に時間とコストを求めるからです。こちらも5つ挙げて解説します。
事業譲渡などに比べると手続きが容易だと説明したことと矛盾しそうですが、譲渡前後で違ってくるからです。事業譲渡では譲渡に至るまでは比較的手続きは容易です。ところが、新設分割では譲渡に至るまでのプロセスが煩雑なのです。
会社分割に伴っては組織再編にあたるため株主総会で特別決議を要します。また債権者の保護手続きなども必要になり、そのための公告などの手続きも踏まなければなりません。従業員との雇用契約についてもそのままでは承継されないので、丁寧な対応を求められます。
新設分割は、分割会社の組織再編が関係してきます。この組織再編に関する税務は極めて複雑なのです。組織再編が適格であるか、不適格であるかによって税務はまるで違ってきますが、適格かどうかの判定基準もまた複雑です。
適格組織再編と認められると税制上優遇されることはメリットとして説明しましたが、そのメリットを享受するためには複雑な要件を確実にクリアしていかなければならないわけです。
吸収分割に比べると、会社を新設するために、設立の手続きの手間やコストがかかります。新設会社の設立登記を行ったり、必要に応じて許認可等の再取得に向けた申請をしたり、時間や手間も馬鹿にはなりません。
新設分割では分割会社の事業にかかわる権利義務がまるごと承継されるという説明をしました。これは実は諸刃の剣で、大きなデメリットが潜んでいます。簿外債務など、不測のリスクも引き受けざるを得ないことです。
事業譲渡であれば、事業資産や負債も個々に移転するので、見えないリスクまで抱える可能性は非常に低いといえます。新設分割の場合は、帳簿上には顕在化していない簿外債務などがあれば、それも弁済する必要があります。最悪、会社経営に支障をきたす事態もあり得るのです。
新設会社は一般に非公開会社となります。したがって分割会社、またはその株主が対価として受け取る株式は非上場株式です。せっかく対価として受け取った株式が、市場で現金化できないことは、株主の承諾を得るプロセスを考えると大きなデメリットになり得ます。
新設分割は、実際の譲渡に至るまでにはかなり複雑な手続きを要求されます。その手続きは関連法令によって主に3つに分けられます。つまり会社法に規定されたもの、労働契約承継法に規定されたもの、情報開示や独禁法にかかわるものの3つです。
ここではその一つ一つをくわしく解説していきます。
会社法に規定された手続きは、会社組織を改編することに伴う義務等が主です。この手続きを遺漏なく踏むことで、分割会社から事業を独立させて新たに会社として設立する行為が法的に担保されるわけです。
まず新設される会社の基本的な事項と、新設分割のスキームについてまとめられた計画書を作成します。この計画書に記載すべき内容は会社法第763条に規定されています。
以上は法定記載事項なので計画書に欠くことはできません。このほか、新設分割の効力発生日(新設会社の設立登記予定日)競業避止義務(分割会社が当該事業と競合する事業を起こすことを禁じる規定)などの任意記載事項を含むことも可能です。
共同新設分割では、当事者となる分割会社間で計画書とは別に契約書を交わすことがあります。例えば合弁会社を設立する場合に合弁契約を締結するケースです。これには新設分割に関する合意事項のほか、合弁会社の運営方法や事業解消時の取り扱いなどを盛り込むのが一般的です。
新設分割は、会社の組織再編にあたるため債権者や株主など利害関係者への通知等、必要な対応をしていく必要があります。その最初の作業となるのが、新設分割に関しての資料を閲覧、謄写できるように供する事前開示書類の備置です。
事前開示書類は、債権者や株主が新設分割に関して認知し、その可否などについて考える基礎資料となるものです。これは本店において、新設分割の効力発生後6カ月経過するまで据え置き、営業時間内はいつでも閲覧等に応じなければなりません。備置すべき書類の内容についても定められています。(会社法第803条、同施行規則第205条)
続けて行う対応作業は、債権者、株主それぞれに対するものになります。原則的には債権者保護手続き、株主総会の開催と決議、差止請求への対応の3つを、並行的に進める必要があります。
分割対象の事業に債務が含まれている場合、これは原則的には分割後に新設会社が対応することになります。このことが債権者には不利に働く可能性があるので、分割会社は債権者に対して異議を申し立てる権利があることを伝え、その債権を保護する対応が求められます。(会社法第810条)
対象となる債権者は、分割型分割を行おうとする分割会社の債権者と、同社に対して債務履行を求められなくなる債権者の2通りです。
分割型分割では、新設会社に移転した資産に対する対価は分割会社の株主のものとなり、結果的に分割会社の資産が株主へと流出したことになります。このことによって債務履行能力が低下する可能性があります。それゆえに分割会社の全債権者は異議を唱える権利があるわけです。
債務履行を求められなくなる債権者とは、免責的債務引受けとして新設会社に債務移転される債権を持つ場合などが該当します。これは、新しい債務者のみが返済義務を負うもので、旧債務者も連帯責任を負うタイプは重畳的債務引受けといいます。
重畳的債務引受けならば、分割会社と新設会社の双方に債務履行を求められますので、分割新設前後で債務履行能力は変化しないといえます。しかし、免責的債務引受けの場合は、新設会社のみが債務を負うので、債権者として不利益を招く恐れがあるため異議申し立ての権利が与えられるわけです。
債権者保護手続きの具体的な流れは、新設分割の内容や異議申述の権利があることなどを官報で公告し、最低1カ月の異議申し立て期間を設定します。公告には最終事業年度の財務情報(貸借対照表など)も同掲します。(会社法施行規則第208条)
この際知れたる債権者には個別の催告が必要ですが、定款に日刊新聞紙での公告や電子公告が規定されている場合、官報に加えてこれらを行うことで個別の催告が省略できます。ただし、不法行為によって生じた債務は個別催告が必須です。
期間内に異議申し立てがあれば、債務の弁済か、追加の担保提供などで対応しなければなりません。このような作業が続くと、新設分割の効力発生などにも影響しかねないので、十分な時間的な余裕を持って進めていくのが肝要です。
組織再編である新設分割の成約、実施には株主総会の承認が必要になります。総会開催はその2週間前までに招集通知が必要です。(非公開会社では1週間前までが原則です)総会では議決権株式の過半数の出席を得て、その2/3以上の賛成を得る特別決議を要します。(会社法第804条、第299条、第309条)
ただし例外規定があります。承継される対象資産の簿価資産額が、分割会社の総資産額の2割以下の場合、簡易分割に該当します。基準となる総資産額の算定については会社法施行規則第207条で詳細に規定されています。簡易分割であれば株主総会は省略可能です。(会社法第805条)
分割会社の株主は、通知された新設分割が関係法令や会社の定款に抵触しており、その実施によって不利益があると考えた場合に、会社に対して当該の新設分割をやめることを請求できます。(会社法第805条の2)
一般的に会社の決定が株主の請求だけで覆されることは考えにくいので、この差止請求は裁判所を介しての仮処分や民事提訴の形で行われ、会社と株主間での法廷闘争となる可能性が高いといえます。なお簡易分割の場合は差止請求は認められていません。
分割会社が提案する新設分割に対して反対の意思を表明した株主や新株予約権保有者は、会社に対する買取請求をできる場合があります。分割会社はこのことに関して通知したり、買取価格の協議に応じたりすることが求められます。
反対の意思を表明した株主となるには条件があります。株主総会に先立って反対の意思を通知し、実際に総会において反対した株主であることです。また議決権のない株式を保有しているなど、議決権行使ができなかった株主も含まれます。(会社法第806条)
新設分割に関する承認決議のあと2週間以内に、分割会社はその実行などについて買取請求権を持つ株主に個別通知するか、公告をする必要があります。株主はこの通知、公告から20日以内に買取対象の株式数を明示して買取請求をします。
買取価格は株主と会社間の協議で決定されます。ただし、新設分割の成立日から30日以内に合意できないときは、当事者である株主か会社の申し立てで裁判所に価格決定を委任できます。(会社法第807条)
新株予約権の買取請求は、分割会社の新株予約権に定められている内容が新設分割計画書の該当部分の記載内容と合っていない場合に、新株予約権保有者によって分割会社に対して行われます。(会社法第808条1項2号)
具体的には次の2つの場合が考えられます。
上記の趣旨を内容とする新株予約権を発行したり、計画書に新株予約権の引き換えを記載したりしていれば、新設分割の実施などについて該当する新株予約権保有者に個別に通知するか、公告する必要があります。
対象者への通知、公告の期限、その請求の期間や請求に対する対応などは、反対株主買取請求と同様に規定されています。
新設分割は、新設会社の設立登記をもって成立します。(会社法第764条、第49条)債権者保護手続きや株主対応などを遺漏なく進めた上で、新設分割計画書にのっとって会社の設立登記を行うことになります。
通常の会社設立にあたって求められる、発起人や出資に関する事項や設立時の取締役や役員選任に関する事項などは、新設分割に際しては省かれます。(会社法第814条)
新設分割計画書の「新設分割を行う会社(分割会社)から承継される権利義務の内容」に従って権利義務が移転します。また新設会社の株式や社債、新株予約権などに関する記載内容に沿ってそれらの交付、権利発生が行われ、引き換え対象となっている分割会社の新株予約権は消滅します。
もしも債権者保護手続きが十分でなかった場合、この設立登記後に債権者による債務履行請求が出される可能性があります。その場合は権利義務の移転が計画通りに進まないことも考えられます。手続きの十全な履行が重要な理由はこういう点からも明らかです。
債権者保護手続きで個別催告を怠った場合や、債権者を害することを知りながら債務承継を行った場合、分割会社、新設会社に対して債務履行請求が出されることがあります。このプロセスは必要としないことが理想であることはいうまでもありません。
債権者保護手続きで個別催告を怠った場合、異議申述の権利を有していた債権者は分割会社に対して債務履行請求できます。ただし定款に定めた日刊新聞紙での公告や電子公告を行った場合は、不法行為に起因する債務の債権者のみが請求権を行使できます。(会社法第764条2項)
請求可能な金額にも定めがあり、新設分割が成立した日(つまり新設会社の設立登記日)に分割会社が保有していた財産額を上限とします。
新設会社に対して債務履行請求できるのは、異議申述の権利を有しながら個別の催告を受けなかったすべての債権者です。分割会社と異なり、債権者保護手続きの公告の行われ方にかかわりません。(会社法第764条3項)請求金額の上限は、新設会社に承継された財産額となります。
分割会社の残存部門に対する債務を持つ債権者(残存債権者)は、新設分割によって債務履行請求の機会を失いませんので、債権者保護手続きの対象外となり、異議申し立てもできません。しかし、優良事業のみを新設会社として分割した場合、残存した分割会社に十分な債務履行能力が残っておらず、残存債権者が不利益を受ける可能性があります。
新設分割において、こうした残存債権者の不利益を承知の上で、計画を進めることがあります。分割会社がこのように債権者を害することを知りながら債務承継を行った場合、残存債権者に対して承継財産を上限額とする新設会社への債務履行請求権が与えられます。(会社法第764条4項)
新設分割が成立したあと、分割会社と新設会社が共同して事後開示書類を遅滞なく作成し、各々の本店に成立日から6カ月間(つまり事前開示書類と同じ期限まで)備置して、閲覧謄写に応じなければなりません。(会社法第811条)
事後開示書類に求められる記載内容は次のとおりです。(会社法施行規則第209条、第212条)
分割会社、新設会社双方の株主、債権者、分割会社の従業員などの利害関係者は、開示書類の閲覧、書面による交付を請求でき、会社はこれに応じなければなりません。
新設分割成立日(新設会社の設立登記日)から6カ月以内(開示書類の備置期間内)に、一定の関係者(株主、役員、新設分割に異議を唱えた債権者など)には、新設分割無効について裁判所への提訴が認められています。(会社法第828条1項10号、2項10号)
無効にあたるケースは明示されていませんが、次のような場合が考えられます。
判決によって新設分割無効となれば、裁判所が職権で新設会社を解散させ、分割会社の変更登記を行います。(会社法第937条3項5号)新設分割成立後に新設会社が取得した財産や負債については会社法第843条の規定に従って処理されます。
会社分割では、従業員との雇用契約を個別に結び直す必要はありません。ただ、新設会社の設立などの組織再編の中で、労働者の権利を保護するための手続きが労働契約承継法に定められています。
これらの手続きは、実施すべき期日が労働契約承継法で指定されているものもあるので、全体の進捗をそれに合わせて計画する必要があります。また同法に関する指針にも、望ましい日程が示されているので、きちんと把握しておかなければなりません。
分割会社は会社分割に関する労働者の理解と協力を得る努力義務があります。以下に示す5項目について、労働組合(労働者の過半数で構成されている必要があります)、組合がない場合は労働者の過半数を代表する者と十分な協議が求められます。(労働契約承継法第7条)
「分割される事業に主として従事している労働者」に該当し、新設分割契約で労働契約の承継が見込まれている場合、雇用契約は新設会社に自動的に引き継がれます。しかし、主たる従事者に該当していても労働契約の承継が見込まれていない者や、該当しないのに承継が見込まれている者は、労働内容や条件の変動があるので異議申し出の権利が付与されます。
この主たる従事者の判断基準は微妙なため、基本的な考え方が提示されています。(労働契約承継法に関する指針第2、2、(3))これに従って、労働組合(または労働者代表)との間で十分に基準について協議、合意を得ておく必要があります。
このプロセスのうち、債務履行見込みについては、新設分割計画書作成前の実施が望ましいとされています。
労働組合員が新設会社に雇用契約を承継される場合、労働協約の扱い方が問われます。労働協約は、労働条件について定めた規範的部分と、会社からの便宜供与や組合運営、団体交渉などについて定めた債務的部分に大別されます。
規範的部分は新設会社とも自動的に締結されたものとみなされ、分割会社も労働協約の当事者の立場を維持します。(労働契約承継法第6条3項)債務的部分に関しては、労働組合との合意によって新設会社に承継が可能ですが、承継された協約は分割会社では効力を失します。(同法同条2項)
承継が合意できなかった債務的部分は、規範的部分と同じく新設会社との間で自動的に締結されたとみなし、分割会社にも協約が残存する扱いとなります。(労働契約承継法に関する指針第2、3、(1))
このプロセスは新設分割計画書作成前に実施することが望ましいとされています。
一定の条件にある労働者に対しては、直接協議をする機会を設ける必要があります。分割対象事業に現に従事しているすべての従業員と、現在は従事していないが新設会社に労働契約が承継される見込みの従業員が対象となります。(商法等の一部を改正する法律附則第5条)
組合(または労働者代表)との協議内容のうち、理由や背景、債務履行の見込み、主たる従事者の判断基準のほか、労働契約を承継することの可否や、承継の可否による勤務内容の相違についても従業員の意見を聞きながら十分に協議を行うことが必要です。
このプロセスは、十分な話し合いが可能な時間的余裕を持って設定することとされています。
労働者に対する、協議を経た上での通知を行います。対象となるのは分割対象事業の主たる従事者と、それ以外で新設会社に労働契約が承継される見込みの労働者です。(労働契約承継法第2条、同法施行規則第1条)
通知内容は以下のとおりです。
労働協約を締結している労働組合にも通知が必要です。以下の2点について通知します。
このプロセスは、株主総会開催日の2週間以上前(簡易分割の場合は新設分割計画書作成から2週間以内)に行うことが法定されています。(労働契約承継法第2条)望ましい日程としては事前開示書類備置開始日か株主総会招集通知の発出日のうち早い方(簡易分割では前者)と示されています。
定められた期間中に異議を申し出た労働者に関しては、新設分割計画書の内容は変更されます。すなわち分割対象事業の主たる従事者でありながら分割会社に残存するとされていた者は新設会社に移ります。また主たる従事者でないのに新設会社に移るとされていた者は分割会社に残るようになります。
この申し出の期間も法定されています。前段階の通知日の翌日に始まる最低13日間を空けて期限日を設けることと定められています。またその期限日は株主総会前(簡易分割では新設分割成立前)でなければなりません。(労働契約承継法第4条)
ここまで述べてきた他にも、必要に応じて関係機関等に手続きを要する場合があります。
分割会社が上場企業である場合、新設分割について取締役会で決議した時点で公表すること(適時開示と呼びます)が求められています。これは証券取引所で定める規程の中に定めがあり、東京証券取引所の場合は、有価証券上場規程第402条にその規定があります。
分割型分割で、新設会社の株式を株主に現物配当として交付する場合、財務局に有価証券届出書を提出しなければなりません。(金融商品取引法第2条の3、第4条1項、同法施行規則第2条の2)
共同新設分割の場合、公正取引委員会に独占禁止法にかかる審査を受けるために事前の届け出が必要になる場合があります。共同新設分割に参加する分割会社の、親会社、子会社を合わせた国内売上高が一定のレベルを超えた場合、この届け出が求められます。
新設会社の登記をもって成立となる新設分割というスキームにおいて、登記はその成功を意味する重要なプロセスということになります。ここではその登記の手続きと、準備する書類について解説します。
新設会社の設立登記が重要なのはいうまでもありませんが、失念してはいけないのは分割会社の変更登記です。分割会社も資本の減少など、大きな変更がありますので、忘れずに手続きしなければなりません。
登記申請は、上記の2つを同時に行う必要があります。分割会社と新設会社、それぞれの本店所在地が同一登記所の管轄下であれば、申請書をあらかじめ作成しておき、同時申請することは容易です。
しかし双方の本店所在地を管轄する登記所が別である場合、分割会社の変更登記は、新設会社の本店所在地を管轄する登記所を経由する必要があります。新設分割であることを明確にするための措置ですので、注意しておきましょう。
また、次の2点にも留意が必要です。
登記にかかわる添付書類は非常に多岐にわたります。行政書士などの専門家に相談しながら遺漏のないように準備する必要があります。以下に一般的に考えられる物を例示しておきます。
新設分割における税務は、非常に複雑です。というのは、組織再編税制で示された適格条件を満たせば適格組織再編と見なされ税制上の優遇措置を受けられるからです。当然のことながら、この条件を満たすように手続きを進めていくことが有利なわけですが、この条件が極めて煩雑なのです。
まず、基本的な税務について解説していきます。
新設分割において主に課税されるのは、法人税、所得税、不動産取得税の3つです。一つ一つをくわしく見ていきます。
分割対象事業に伴う資産や負債は、分割が成立した時点で分割会社から新設会社に譲渡されたものとして扱われます。この際、譲渡価額は時価で計算されます。当然帳簿上の価額である簿価との間にはプラスマイナスが生じ、利益となれば譲渡益、損失となれば譲渡損として計上されます。
譲渡益が出れば、それは所得となり法人税(付随して法人住民税)が課税されます。譲渡損が出ればそのぶん所得が減り節税となる可能性もありますが、いずれにせよ税務は生じることになります。
分割型分割の場合、分割会社の株主には新設会社からの対価(一般的に株式)が交付されます。これは現物配当による場合と全部取得条項付種類株式を用いる場合がありますが、いずれの場合も対価の一部が配当とみなされ、このみなし配当に対して所得税が課せられます。
税法的には、新設分割は分割会社の純資産の一部が新設会社に移転し、そのぶんの対価として新設会社の株式が分割会社の株主に交付されている、と考えます。とすると交付された新設会社の株式は、株主の出資に対応するものであって、配当とはいえないように思われます。
この株式の一部が配当と見なされるのは、分割会社から譲渡された純資産の構成要素が問われるからです。分割会社の純資産は、株主の出資に依拠する資本金等の部分と会社の事業利益に依拠する利益積立金の部分から成っていると考えるわけです。
すると、株主に交付された新設会社の株式も、出資に依拠する部分と会社の利益に依拠する部分に分けられることになります。この会社の利益に依拠する利益積立金の割合に相当する部分がみなし配当ととらえられ、配当所得として課税されるわけです。(所得税法第25条、同施行令第61条2項2号)
分割対象事業の資産として、新設会社に不動産が引き継がれるときは不動産取得税が課税されます。ただし以下に該当する場合は、不動産取得税は非課税扱いとなります。
新設分割における基本的な税務について解説してきましたが、実はこの譲渡損益もみなし配当も発生しないものとして扱われる場合があります。それが組織再編税制における適格条件を満たす場合です。(法人税法第2条12の11号、第62条の2、3、所得税法第25条)
この条件を満たすには、まず2つの絶対要件をクリアしなければなりません。
これだけでいいのか、と思われた方もいるでしょうが、ここから先の要件がなかなかに複雑で手強いのです。2つの場合に分けて解説します。
なお、どれか1つでも条件を満たさない場合は非適格組織再編とみなされ、税制上の優遇措置は受けられません。
完全支配関係とは、一方が他方の100%の株式保有をもって関連している会社間の関係をいいます。(法人税法第2条12の7の6号)これはいわゆる完全子会社の関係ですが、例えば親会社に100%株式を保有されている子会社同士(いわゆる兄弟会社)も、親会社を介することによって完全支配関係にあるといえます。
新設分割において、分割会社が新設会社のすべての株式を保有する場合に、新設会社は分割会社の完全子会社となり完全支配関係になります。また分割型分割にあっても分割会社の100%株主(または完全支配関係にある親会社)が新設会社のすべての株式を取得する場合には、分割会社と新設会社の間に完全支配関係が成立します。
完全支配関係にあっては、前記の2つの絶対要件の他に以下の要件を満たすことで適格組織再編と認められ、税制上の優遇措置が受けられます。(法人税法施行令第4条の3、6項)
共同新設分割の場合は、また要件が異なります。前記2つの絶対要件のほか、次の要件を満たす必要があります。
完全支配関係ではないが、一方が他方の50%以上の株式保有をもって関連している会社間の関係を支配関係といいます。(法人税法第2条12の7の5号)いわゆる子会社の関係です。この場合も前記の2つの絶対要件のほかに満たすべき要件が定められています。(法人税法施行令第4条の3、7~9項)
この支配関係がある場合と支配関係がない場合で、合わせて4つの場合が考えられるので、それぞれに解説していきます。
まず、分割会社と新設会社の間に支配関係が成立する場合です。新設会社の株式の50%以上が分割会社に取得されたときです。絶対要件2つに加えて次の4つの要件を満たす必要があります。
分割会社と新設会社の間に支配関係が成立しておらず、1つの分割会社が単独で、子会社を独立させるために分割型分割を実施することをスピンオフと称します。この場合には、絶対要件2つに加えて5つの要件を満たす必要があります。
関係する分割会社のすべてが他の会社等の支配を受けていない場合で、分割型分割による新設分割が行われ、分割会社と新設会社の間に支配関係が成立しない場合が対象となります。この場合には、絶対要件2つに加えて4つ(共同新設分割にあっては5つ)の要件を満たす必要があります。
これまでに見た以外、すなわち分割会社と新設会社に支配関係が成立しない分社型分割による新設分割、他の会社の支配を受ける分割会社を含む分割型分割の場合には、絶対要件2つに加えて5つの要件(共同新設分割にあっては6つ)を満たす必要があります。
新設分割は、経営改善を目指す組織再編の手法としてよく用いられます。またジョイントベンチャーを立ち上げる手法としても利用価値は大きい手法です。分割会社の思惑や目的に応じて、多様な事例があるスキームといえます。ここではそうした多様な中から3つの事例を紹介します。
とんかつ店として広くチェーン店を展開している「かつや」は、アークランドサービスの行っている事業です。このほかにも、フードコートやイタリアンカフェといった飲食業、からあげ専門店などのテイクアウト事業など、広範なジャンルの外食店舗を展開し、その事業規模を拡大していました。
事業規模の拡大に伴い、それぞれの事業分野を独立させたほうが成長が見込めると判断し、新設分割によるM&Aを実施しました。それぞれの事業部門を独立した新設会社として設立し、全体をまとめる親会社として企業グループを形成したのです。
2016年、商号をアークランドサービスホールディングスと改称し、持株会社となりました。肥大化する事業規模を整理し、各々の事業部門が効率的、機動的に事業展開できるようにするためのM&Aとして、企業グループの立ち上げに成功した事例です。
古河電気工業(古河電工)は精密部品生産を行う大手電機メーカーで、自動車などの電子部品、さらには光通信や送電システムなどにも事業を広げてきました。NTTエレクトロニクスも電機メーカーとしては大手で、特に高速通信ネットワークやデジタル映像、光通信用の部品など、電気装置の開発製造を手掛けてきました。
両社は、部品生産の効率化と供給体制のリスクヘッジを目的として、2016年に共同新設分割による合弁会社を設立しました。平面光波回路製品と半導体、それぞれの製造会社である2つの新設会社は、分割会社2社の共通する技術やノウハウを共有することでこの分野での成長が期待されました。
同事業を行う2つの企業が、それぞれの事業部門を分割、統合して新設会社を立ち上げ、開発力や製造力の向上を目指すM&Aの事例です。
守谷商会は、長野県で事業を行っていた老舗の建設会社です。同社は1973年に子会社を設立しゴルフ場事業に乗り出しました。しかし社会環境の変化からこの事業は低迷を極め、改善の見通しが立たない状態となりました。
2020年、このゴルフ場事業を子会社から分割し、新設会社に承継させた上で子会社を清算、設立した新設会社を株式譲渡によりノザワワールドに売却しました。ゴルフ場事業や再生可能エネルギー事業などを展開していたノザワワールドは、このM&Aで事業規模の拡大を果たしました。
将来性が見込めないノンコア事業を新設分割によって切り離し、そこに事業価値を見出す企業に売却することで経営危機を乗り切ろうとした活用事例です。
新設分割は、会社の経営にとってゲームチェンジャーとなり得る思い切ったM&Aの手法です。しかしその手続きは非常に煩雑で、税務を含めてこのスキームを専門家の助力なしに乗り切るのは困難です。
そうした困難なM&Aを考えたとき、頼れるビジネスパートナーとなるのがウィルゲートM&Aです。利用者数は1,400社を超え、M&Aの成功実績も30例近くに及ぶ経験豊富なM&A仲介会社です。難しい手続きも、豊富な経験をもとに確実にサポートできます。
新設分割は、肥大化する事業の整理や、不採算事業の切り離し、ジョイントベンチャーの立ち上げなど、多種多様な企業課題を解決可能なM&Aのスキームです。その反面、手続きは非常に煩雑で、ちょっとした手違いでM&A自体がブレークしたり、訴訟に巻き込まれたりするリスクもはらんでいます。
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