株式売買を通じたM&Aは一度に多くの株式が動くため、通常の株価にプレミアム価格が付いた対価で取引されることが多くあります。では株式交換は株価にどのような影響を与えるでしょうか。
この記事では、株式交換の定義から、株式に影響を与える理由、実例まで説明します。
株式交換は言葉のとおり、売り手と買い手間の株式交換を通じたM&A手法です。通常のM&Aでは売り手が買い手側に株式や事業などを譲り渡す代金として現金を受け取ることが多いですが、株式交換では買い手の株式一部を対価として受け取ります。
まずここでは株式交換の仕組みからその目的、そしてかんたんな流れまでわかりやすく説明していきます。
株式交換は主に、買い手が売り手の会社を完全子会社化するために使われます。売り手が発行しているすべての株式を、売り手の株主から買い取り、その対価として買い手の株式を渡します。M&A前はそれぞれの会社の株を所有していた株主が、M&A後は親会社となる買い手側に集まり、買い手側の株主になります。
その特徴のため、同じグループ会社内の組織再編の目的としてよく使われる株式交換ですが、もちろん他社間のM&Aにも使われます。
株式交換の仕組みでも述べていますが、株式交換の目的は売り手会社の全株式を取得、そして買い手の株式を売り手に割り当てることで完全子会社化することです。
また、株式譲渡など、他のM&A手法に比べ、手続きにかかるコストが少ないのも株式交換を選ぶ理由の1つです。株式取得の対価として、多額の現金を準備しないといけない株式譲渡とは異なり、株式交換では対価として自社株を渡すためです。
そして、株式取引方法も比較的にかんたんです。全株主と1対1で説明や説得を行う必要はなく、株主総会を開催した上で、そこに参加した株主が持っている決議権の2/3以上の賛成を得れば株式交換案が可決します。また、条件を満たせば、簡易株式交換や略式株式交換という選択肢もあり、株主総会での決議を省略できるケースもあります。
さらに、合併などとは違い、株式交換を行っても売り手側の会社組織が解散することはありません。経営権の主体は変わりますが、M&A交渉時に十分な話し合いをすれば、今までと大きく変わらない体制で事業を営んでいくこともできます。
では株式交換が締結するまでの手続きと流れについて、かんたんに説明します。
株式交換を行う前に、まずは社内の経営陣の間で協議が行われます。取締役会を設置している場合は取締役会を開き、そうでない場合は経営陣間の会議を開き、議論を行った上、株式交換に対する合意が成立すれば、そこから売り手と買い手間の株式交換契約が締結されます。
取締役会では株式交換の可否に関する論議ももちろんですが、契約書に入れるべき事項に対しても話し合います。株式交換契約書に記載すべき内容は会社法によって定められておりますが、両社間の話し合いの上、項目を追加することももちろん可能です。
契約書に基本的に入れるべき項目としては、両会社の概要、株式交換の目的、株式交換比率、株式交換のスケジュールなどがあります。
株式交換は取締役会で議論される重要事項の1つであり、株主などへの情報開示義務があります。事前開示の義務及びその内容については、会社法第794条などに記載されています。
事前開示では、株式交換に関する概要(該当会社割当比率など)を記載し、株引き交換契約書の写しや会社の現状がわかる書類(決算報告書など)も添付します。事前開示の書類は、事前備置き書類とも呼ばれ、株主総会の開催日より2週間前に開示を開始し、会社の本店所在地に6カ月間備置くことが義務付けられています。
事前開示と招集通知などで株主にお知らせを終えると、株主総会を開催し、株式交換について議論を行います。株式交換に対する議論は定期的な株主総会で議論される普通決議ではなく、特別決議事項です。そのため、普通決議より可決の達成条件が厳しくなっています。
普通決議では参加株主が保有している株式が全発行株の過半数以上であり、参加株主が持つ決議権の過半数以上の賛成が達成条件です。しかし、特別決議は出席者の条件は同じですが、賛成が2/3以上にならないと可決されない点が違いです。
また、株主総会は株式交換の効力が発生する前日までに行うことが義務付けられています。しかし、簡易株式交換と略式株式交換の場合は、この株主総会のステップが省略されます。簡易株式交換や略式株式交換には決まった条件があり、買い手が割当する株式が純資産額の1/5以下や、既に買い手が売り手の決議権を90%以上持っている場合などの条件があります。
多くの場合、100%の株主が株式交換に賛成することはありません。しかし株主総会に出席した2/3以上が賛成すると株式交換は成立するため、反対株主には損失が発生するでしょう。そのようなことを防ぐため、会社法では反対株主の保有株式を会社が買い取り、十分な対価を支払うことを定めています。
また、M&Aの手続きの中には債権者保護というステップもありますが、株式交換ではほとんど行われません。合併などのM&A手法では会社の資産だけでなく負債も動くので、既存の投資家や債権者の権利を保護する必要があります。しかし、株式交換は株式のみが動き、試算や負債は変動しないためです。
株式交換に関するすべての手続きが終わり、株式交換の効力が発生してからも、情報を開示する義務があります。その内容は株式交換の結果や反対請求、異議申立などであり、事前開示と同じく、該当会社の本店所在地に6カ月間備置することが義務付けられています。
株式交換は手続きのかんたんさなどから、よく使われるM&A手法の1つです。ここではどのようなメリットで株式交換を選ぶのか、そして避けるべきデメリットは何かを紹介します。
複数のメリットを持つ株式交換ですが、代表的なメリットをまとめると、次の4つがあります。
M&A手法の中でも合併は対象となる企業が解散し、既存の会社または新しい会社の一部となります。また、株式譲渡や事業譲渡においても自社の全部または一部が相手会社の組織として位置付けされるため、社風やシステムなどが大きく異なる場合、既存の従業員が離れていくリスクを持ちます。
しかし、株式交換でM&Aを行うと、売り手企業でもその組織をそのまま残せます。買い手会社が親会社として一方的に支配する構造ではなく、完全子会社として協力関係になるためです。そのため、今までのシステムや経営方針などもそのまま維持できるケースが多く見られます。
また、場合によっては親会社と対等な関係を築き、売り手が持っていた既存の事業や技術などを活かし、親会社の経営にプラスになるケースも少なくありません。
多くの場合、M&Aを行うためには専門家への相談費用だけでなく、M&A自体の対価として多額の資金を準備する必要があります。しかし、株式交換の対価は買い手の株式であるため、買い手からすると、多くの資金を準備しなくてもM&Aを進められるメリットを持ちます。
特に、株式市場でも評価が高い優良企業の買収を希望する場合、株式譲渡などの方法では、買い手の資金力だけでM&Aを進められないケースもあります。自己資金が足りないと投資ファンドなどの投資家から資金調達を行うことも多く、そういった場合は買い手がM&A後も完全に経営を指揮できなくなる可能性もあります。
それに比べると、売り手の株式を受け取る対価として買い手の株式を渡す株式交換は、買い手の資金力だけでM&Aが実現でき、利害関係者が少ないので、M&A後の調整にも有利でしょう。
株式交換では、後日反対株主に対する保護措置を取る必要はありますが、基本的には全株主の同意を得る必要はありませんので、他のM&A手法と比べると手続きがかんたんな方です。
また、売り手企業の少数株主、その中でも反対株主の買収請求を行うと彼らが持っていた株式を会社側で買い上げることができ、将来的には敵対的な株主を排除する効果も生みます。そのため、将来の経営方針を改めるにあたっての利害関係者が減り、より革新的な事業展開ができるでしょう。
買収の対象となる売り手企業が業績や評価が高い優良企業の場合、買収するだけでも買い手企業の価値が上がり、結果的に買い手企業の株価上昇にも影響する可能性があります。
また、M&A後に両社のシナジー効果を最大限に引き出せた場合、結果的に業績が上がり、それも株価上昇につながるので、結果企業の価値が上がるといえるでしょう。
メリットが多く、M&A手法としてよく選ばれている株式交換ですが、他のM&A手法同様、デメリットも持っています。ここでは株式交換の代表的なデメリットを3つ紹介します。
株式交換によるM&Aを検討している方はぜひこちらを参考にし、自社の状況と照らし合わせてみてください。その上、デメリットの回避方法や他のM&A手法の検討もあわせて行うといいでしょう。
売り手企業がM&Aを進める代表的な目的の1つとして、事業の資金調達があります。しかし、株式交換で得られる対価は現金ではなく相手の株式であるため、資金調達の目的としては活用できません。
また、対価として得た株式を売却して現金化しようとするケースもありますが、M&Aの契約内容によって株式売却が制限されていることもあります。M&A後の株式売却を考えている場合は、事前の話し合いでこのような条項が盛り込まれないようにすべきでしょう。
さらに、もしM&A後の売却が実現したとしても、高値で売買されるケースはほとんどありません。株式売却を通じては現金の獲得はできないと思っておいた方がいいでしょう。
不要な資産や負債を排除して買収を行える事業譲渡などとは違い、株式交換を通じてM&Aを行うと、相手の負債などもすべて譲り受けることになります。場合によっては簿外債権がM&A締結後に見つかったり、相手が背負っていた訴訟などに対応する必要性が生じたりします。
このようなリスクを確認しないまま株式交換を行うと、M&A締結後の大きな損失につながるかもしれません。損失は業績や株価の下落にも影響し、企業価値の下落にまでつながるでしょう。
株式交換を行う前には、M&A仲介会社など、専門家との相談を通じて、相手会社に上記のようなリスクがないか徹底的に確認を行うことが、成功的な株式交換のための近道でもあります。
株式交換は一度に大量の株式取引が行われるため、その手続き前後に株価が大幅に変動するリスクを持っています。うまく進めばもちろん株価が上昇する可能性も持っていますが、反対の場合、株価が大幅に下落するリスクも十分持っています。
特に優良企業や名が知られた企業同士で株式交換が行われると、さらに株価の変動が激しくなることが懸念されます。株価変動を最小限にとどめるためには、手続き中に十分な対策検討が必要でしょう。しかし、株価が変動する要因は多岐にわたるため、株価の変動を正確に予測できる人はいないといっても過言ではありません。
また、株式交換後に株価が下落することを防ぐためには、相手会社の負債など、リスクを綿密にチェックしましょう。そして、M&A後の事業計画についても十分な検討をすべきです。
上記でも説明したとおり、株式交換を行うためには一度に大量の株式を売買するため、急激に株価が変動する可能性があります。ここでは株価が上昇するケースと、株価が下落するケースに分けて説明します。
株式市場で取引される株価は市場価格であり、それは株式を購入する投資家の期待値でもあります。投資家は企業の現状(売上高など)と将来の見込みを総合し、今後も利益を出し続けると予想される企業に対して投資を行うためです。つまり、株価の変動には企業自体の業績なども影響しますが、投資家の力が一番大きいともいえます。
投資家は企業の将来の事業計画、そして現在の財務状況、知名度などを基準に企業の価値、つまり株価を評価します。
株式交換というM&A手法において、もっとも影響が大きいのはこの株価の変動でしょう。M&Aを進めるための対価が株式であり、M&A成立条件自体が株式を交換であるためです。そのため、売り手企業の企業価値はもちろん、買い手企業の企業価値も重要な要素です。
売り手企業も優良企業なら申し分ありませんが、買い手が優良企業の場合、売り手の現状が多少悪くても(業績赤字など)、株式交換後に十分株価が上昇する可能性があります。買い手の事業運用能力で今後さらに事業が拡大していくことが予測できるためです。
上記と反対のケースで、株式交換後に企業価値が上昇すると期待されない場合は、株価も同時に下落する可能性があります。上記でも説明したとおり、買い手が優良企業だと相手が赤字企業でも、株価が上昇する可能性はあります。しかし、それはあくまでも可能性の話で、相手が赤字であれば、もちろん株価が下落する可能性の方が高いはずです。
繰り返しになりますが、株価は市場評価でもあるので、株式交換による株価下落を防ぐためには、投資家に株式交換に対する信頼感を与える必要があります。
このように説明をすると、株価の上下はとても単純なもののように見えますが、実際はこれ以外にも株価に影響する要素は数えられないほどあり、専門家でも正確に予測することは不可能だといわれています。株式交換において株価に影響を与える主な要因については、次項で詳しく説明します。
株価が変動にはさまざまな要因が影響しますが、ここでは株式交換において株価が変動する主な理由について、3つに絞って説明します。
まずは株式交換によって、売り手企業の株式が上場廃止されることが、株価へ影響を与える大きい要因だといえるでしょう。売り手が発行していた株式をすべて買い手に譲り渡し、買い手の株式を一部受け取ることで買い手の完全子会社になるためです。
売り手の既存株主からすると、買い手の株式を対価として受け取るので損失ではありませんが、ここで株式交換比率が登場します。株式交換比率は売り手の株式1株あたり、買い手の株式をどれほど割り当てるかの比率をいいますが、詳しくは次項で説明します。
この株式交換比率を決める際、株式市場への影響を十分に考慮しないと、株価の急激な変動というリスクとして跳ね返ってくる可能性があります。
例えば、株式交換比率を高く設定すると、売り手への割当分が多くなり、買い手の株価下落に影響する可能性があります。一方売り手は、多額の株式交付を受けて企業価値が上昇することが予想されるため、株価が急激に上昇し、株式交換取引自体に影響を与える可能性もあります。
通常の株価は市場株価であり、通常の株式取引に使用される指数です。そのため、一度に大量の株式売買が行われる株式交換では、市場株価は適用されず、プレミアム価格が上乗せされます。株式交換を行うためには、売り手企業が発行している全株式を買い集める必要があるため、売り手の株主からスムーズに株式を譲り受けるための戦略でもあります。
株式交換の事前開示によって、売り手の株式の買付が株式市場に認識されると、投資家がプレミアムを意識し、市場株価も同時に上がります。結果、株式市場の取引時間内は売り手の株価上昇が続き、結果プレミアムを上乗せした価格近くまで市場株価も上昇する可能性が高まります。
上記でも説明していますが、株式交換が発表されると、株価にプレミアムが付くことが期待されることから、売り手の株価は上昇し始めます。売り手の株価が上昇する理由にはプレミアムだけでなく、株式交換によって買い手の子会社になることに対する期待なども影響します。
また、株式交換の場合は売り手より買い手企業が株式の時価総額(株価×発行済み株式数)が大きいケースがほとんどです。そのため、買い手の株価変動と連動して、売り手の株価も上下することが一般的です。
一方買い手は、株式交換案の発表後に株価が下がる傾向を見せます。そして、株式交換の実行日が近づいてくると、また上昇の動きを見せることが多くあります。このような変動の理由は、株式交換に対するリスクと期待感が同時に作用していることだと見られています。
ここで説明した株価の動きはあくまでも一般的な傾向であり、例外も多く存在します。株価の急激な変動を防ぐためには、今回説明した要因を十分に検討し、対策を立てるべきでしょう。しかし、株価の変動はケースバイケースであり、予想が難しいこともあわせて覚えておきましょう。
自社の市場株価が高すぎる場合など、株式交換を活用して株価を下げる調整を行うケースもあります。ご参考までに下記の説明もチェックしてみてください。
後継者に現事業を引き継ぐためには、それに対する相続税など、多くの費用が発生します。株価が高いほど税金の対象となる資産も大きくなり、株価を下げるとその分各種税金も下がるので、後継者に有利に働きます。
一般的な株式交換では、買い手の方が株価が高いため、追加で株式発行を行う必要がありません。しかし、逆に買い手の株価が売り手より低い場合は、株式交換を行うために新株式発行の必要性が出てきます。株式を追加で発行すると、総資産は変わりませんが株式数だけが増えるので、結果株価下落につながります。
しかし、このような方法は計画とおりに進まない可能性も高いため、実行のためには専門家との相談と十分な検討が必要です。
生命保険加入も株価を下げる対策として活用できます。生命保険に加入すると、その直後は生命保険の価値がゼロとして評価され、株価が下がるケースがあるためです。株価が下がったタイミングで経営権継承などを行うと、税金などの負担も下がるでしょう。
また、役員退職金給付も株価対策につながります。役員退職金を支払った分だけ会社の利益が減少するため、減少した利益が株価に反映され、一時的に下落するためです。この場合も、株価が下がったタイミングで引継ぎを行うといいでしょう。
このように株式交換を活用した方法以外にも株価を下げる複数の方法が存在します。税負担を軽減させてくれるので、経営者やその後継者としては積極的に活用したいはずです。しかし、場合によっては法に触れる部分が存在するケースもあるので、実施前には必ず専門家への相談と十分な検討を行いましょう。
株式交換比率は、株式交換においてもっとも重要な指数です。ここでは株式交換比率の定義からその決め方、そして株価変動リスクの回避方法までわかりやすく説明します。
株式交換比率とは、株式交換時に売り手の株式1株に対して、買い手の株式を何株割当てるかの比率をいいます。1:0.6と表記すると、売り手の株式1株に対して、買い手の株式0.6株を交付します。
この方式は、買い手会社の株価と比較して、売り手の株式がどれほどの価値を持っているかを表記する方法でもあります。その割合によって、単元と呼ばれる最低売買単位に満たない株式が残るケースもあります。この単元未満株に対しては、会社側に買収請求を行うことも可能です。
株式交換比率は売り手と買い手の株価の比較で決めることが一般的です。かんたんに計算すると、売り手の株価を買い手の株価で割って算出することもあります。しかし、一般的な決め方は計算を行った上で、両社の交渉で微調整し、最終判断が行われます。
まずは専門家に株式交換比率の計算を依頼します。株価や企業価値を算出できる専門家が売り手、買い手の価値を計算し、それに基づいて株式交換比率を計算するのです。
企業価値の計算方法には大きく3つがあり、それぞれマーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチがあります。その詳しい内容については、次項で説明します。企業計算価値には1つの方法を使用することは少なく、2つ以上の方法を同時に使い、より正確な価値を算出することが一般的です。
このような専門家による計算が終わると、その数字を持って両者間の交渉を行います。企業の価値計算はそれにかかわる数値や要素が多く、経験の少ない企業や担当者が単独で行うことは難しいだけでなく、正確性も落ちます。
株式交換比率は株式交換契約の可否を判断する材料になることはもちろん、株価にも影響をする重要な指数です。必ず専門家のサポートや助言のもとに適切な株式交換比率を決定しましょう。
株式交換契約が締結されてから株式交換が完了するまでは数カ月の期間があるため、その間も株式市場での取引が続くため、株価も絶えず変動します。株価への影響を最小限にするために、株式公開買付を行う際に固定比率方式を使う場合と、変動比率方式を使うケースに分かれます。
固定比率方式は株価の変動に関わらず、最初に決めた株式交換比率を変更しないことをいいます。買い手の株価が売り手の株価に比べて大きく上昇した場合、買い手が交付する株式の価値がその分上がるため、買い手としては損失を被るでしょう。この場合、上昇した株価によって株式交換比率を変更せず、固定しておくと、買い手の損失を最小限に抑えられるはずです。
変動比率方式は上記とは逆のケースで、売り手企業の株価だけを事前に固定して、買い手の株価は株式交換実行日の株価に設定する方法です。そのため、株式交換の直前まで株式交換比率が定められません。この場合、買い手の株価が下がっても、売り手の株主への対価は守られるメリットがあります。
企業の価値計算はM&Aにおいてもっとも重要なステップの1つです。M&Aは株価のように相場が決まっておらず、企業価値によって対価が決められたり、交渉が行われたりするためです。
ここでは企業価値の算定に主に使われる3つの方式、マーケットアプローチ・インカムアプローチ・コストアプローチについて説明します。それぞれの特徴やメリット、デメリットもあわせて説明しますので、ぜひ参考にしてみてください。
マーケットアプローチとは、企業価値の計算手法の1つであり、企業の市場価格、つまり株価を中心に価値計算を行う方式です。株式交換ではまずこのマーケットアプローチによる計算を行い、他の計算方式を一緒に使うケースもあります。
マーケットアプローチをさらに分類していくと、上場企業の中で類似業種・類似規模の企業との比較を行う類似会社比較法、市場価格や過去の類似M&A事例での株価と比較する市場株価法に分かれます。
マーケットアプローチで用いられる株価は、市場価格として、投資家の判断と信頼によって築かれた数値でもあります。そのため、その計算結果である企業価値も信頼性が高いメリットを持っています。また、株価のほかにもEBITDAなどの指数を使用し、客観性にも優れています。
しかし、市場株価はあくまでも通常の取引を行うための価格であり、M&A時に上乗せされるプレミアムを反映できないデメリットも持っています。通常、M&A取引時には市場株価の20~40%にあたるプレミアムが付くといわれています。
また、株価はさまざまな要因によって変動しやすく、場合によっては株価の急激な変動により算出した企業価値が大幅に変わるリスクも持っています。
インカムアプローチとは、企業の予想収益をベースに企業価値の計算を行う方式です。もっともよく使われる企業価値の計算方式でもあります。
企業が自由に運用できる現金をフリーキャッシュフローといいますが、このフリーキャッシュフローを用いたDCF法が、インカムアプローチの中でももっともポピュラーです。ちなみにキャッシュフローは、収益から支出を差し引いて計算します。
インカムアプローチは将来の予想収益をベースに企業価値を計算する分、企業の将来性も評価されることが最大のメリットです。企業の予想収益を計算する際には、将来の事業計画なども盛り込まれるので、現在の業績が多少落ち込んでいても、高い収益が予想される事業計画があれば、企業の価値も高く評価されます。
しかし、予想はあくまでも予想であるため、もし事業計画どおり業績が伸びなかった場合は、計算が大幅にずれるリスクがあります。また、計算に用いられる指数が多いことや計算が複雑なこともデメリットだといえます。
コストアプローチとは、企業の純資産をベースに企業価値の計算を行う方式です。コストアプローチをさらに分類していくと、貸借対照表などに記載された純資産をそのまま計算に用いる簿価純資産法と、簿価を時価に換算して計算を行う時価純資産法に分かれます。
ほとんどの場合、簿価よりは時価純資産を利用して計算が行われ、大企業よりは中小企業の価値計算に主に使われる計算手法でもあります。
コストアプローチは、純資産という信頼できる数字を用いた計算であり、その信頼性が高いことが最大のメリットです。他の計算方式に比べて計算式がかんたんで、計算する人によって起こる誤差が少ないことも特徴です。計算がかんたんな分、計算にかかるコストも少なく押さえられるでしょう。
しかし、純資産は会社の現状のみを反映しているため、会社の未来や将来の収益性までは反映が難しいといえます。会社同士のシナジー効果を期待する株式交換において、コストアプローチを単独で利用することは賢明な判断ではないでしょう。
このようなデメリットを補うため、時価純資産法に5年程度の見込み収益を足して計算を行う時価純資産法+のれん代方式が使用されることもあります。
企業の規模に関わらず、M&A手法としてよく活用される株式交換ですが、株式交換を行った際に実際株価にどのような影響があったのでしょうか。ここでは株式交換によって株価に大きな影響を与えた特徴的な10個の事例を紹介します。
コンビニエンスストア大手のセブン-イレブンを中心に、流通事業を運営するセブン&アイHDは2016年8月、カタログやインターネット通販を中心に事業を展開するニッセンを完全子会社化すると発表しました。株式交換によるM&Aで、株式交換比率は1:0.015、交換予定の株式数は約47万株で約20億円規模でした。
発表前は4,200円前後だったセブン&アイの株価が上がり、最大4,840円まで上昇しました。一方ニッセンの株価は97円だったことが発表後に76円まで下落、その後も67円まで下落を見せました。
このM&Aは急激に変化する市場状況と増加するインターネット通販需要に合わせ、両社の持っている強み(セブン&アイは資本力、ニッセンは通販事業でのノウハウ)を活かし、事業拡大とさらなる成長を達成するためのものでした。
その後もセブン&アイは更なる成長を見せており、現在の株価は5,500円前後で変動しています。
参考
https://www.nissen-hd.co.jp/ir/pdf/IR_16_08_02_4.pdf
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-08-02/OB9Y5F6JTSFL01
2010年、パナソニックは株式交換を通じて三洋電機を完全子会社化すると発表されました。株式交換比率は1:0.115で、パナソニックは2010年10月のTOB(株式公開買付)で約8割の株式を獲得しました。残りの株式の株式交換を行い、単元未満株の買収請求を行うなどして、2011年4月に株式交換が成立しました。
この株式交換では両社の株価共に下落傾向を見せました。パナソニックの株価は1,169円から一時1,000円を下回り、1,058円まで回復を見せました。三洋電機の株価は137円だったものが98円まで下がり、少し回復しましたが116円で終了しました。
このM&Aは企業価値の向上とパナソニックブランドを強化する目的を持ち、リチウムイオン電池など、三洋電機の優れた技術をパナソニックの家電ブランドに取り込むためのものです。
その後もパナソニックは各家電分野で高いシェアを見せており、現在の株価は1,200円前後です。
参考
http://ke.kabupro.jp/tsp/20101221/140120101221091207.pdf
https://www.nikkei.com/article/DGXNZO20366230S0A221C1TJ0000/
トヨタ自動車は2016年、株式交換によって、同じ自動車業界のダイハツ工業を完全子会社化すると発表しました。株式交換によるM&Aで、株式交換比率は1:0.26でした。ダイハツ工業の株式は2016年7月27日付で、東京証券取引所から上場廃止されました。
この発表により、両社の株価は下落を見せました。トヨタの株価は一時7,200円から7,339円に上昇しましたが、その後大幅に下落し、5,000円代後半になりました。一方ダイハツは1,860円から下落し、1,500円前後となりました。
この株式交換はもともと親会社・子会社だったトヨタとダイハツの関係をより固くし、持続的成長に向けて同じ戦略での事業展開を行うためのものでした。株式交換後もダイハツのブランドは継続され、トヨタも電気自動車などの次世代自動車に力を入れています。トヨタの現在の株価は2,200円前後で変動しています。
参考
https://global.toyota/jp/detail/11038291
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFD29H0L_Z20C16A1000000/
2007年6月、味の素とカルピスは、株式交換によってカルピスが味の素の完全子会社になると発表しました。株式交換比率は1:0.95で、味の素は一部新株式を発行して、カルピスへの交付を行いました。カルピスは同年の9月25日に上場廃止し、10月からは株式交換の効力が発生されました。
当時味の素の株価は1,432円から、一時1,300円台まで落ち込みましたが、最終的には1,452円で落ち着き、結果的には大きな影響を与えずに済みました。一方カルピスの株価は1,106円だったものが、取引までに1,300円台まで上昇を見せました。
カルピスはすでに1991年から味の素傘下の企業として、飲料事業では両社の流通網を統一するなど、シナジー効果を発揮してきました。この株式交換は両社の資本関係を更に強化し、コストの見直しと海外事業拡大の目的を持っていました。
その後も味の素は、事業の伸び悩みはあるものの、安定して業績を上げています。味の素の現在の株価は3,500円前後です。
参考
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2007_06_11.html
https://www.shibukei.com/headline/4382/
フリマアプリ大手のメルカリを運営する(株)メルカリは、車に特化したコミュニティアプリを運営するマイケルを株式交換によって完全子会社しました。マイケルは当時コミュニティサービス開始から1年半程度の比較的に若い企業でしたが、登録者数30万円以上のビックコミュニティとして成長させた実績を持っていました。
株式交換比率はメルカリ対マイケルが1:194.83で、株式交換の実行日は2018年11月8日でした。この取引により、3,150円だったメルカリの株価は下落傾向を見せ、2,685円まで下落しましたが、その後少し回復し、3,000円前後で落ち着きました。一方のマイケルは、非上場企業だったため、株価への影響はありません。
メルカリはこの株式交換を通じ、C to Cサービスであるメルカリに、自動車とそのパーツに関するコミュニティ機能や取引促進を図りました。メルカリの現在の株価は3,000円前半です。
参考
http://pdf.irpocket.com/C4385/lZkL/zZrY/rssT.pdf
https://techwave.jp/archives/mercari-acquires-michael-managing-cartune-by-stock-exchange.html
2018年、エネルギー産業を展開する出光興産と昭和シェル石油は、株式交換を通じて昭和シェルを出光の完全子会社とすると発表しました。株式交換比率は1:0.41で、株式交換の実行日は2019年4月1日です。両社の統合計画発表から実に3年間の交渉から実現したM&Aでした。
この株式交換で出光の株価は大幅な下落を見せました。本来の5,740円から徐々に下落し、最終的には3,795円で落ち着きました。昭和シェルは2,378円から2,390円まで小幅な上昇を見せましたが、すぐ下落傾向になり、最終的には1,413円まで下落し、1,682円で終了しました。
このような大幅な下落は、3年間の交渉期間中に問題視されていた出光内の後継者問題などが影響したことだと見られています。
この株式交換は、持続的な事業成長と、エネルギー市場でのシェア拡大を目的としたものでした。出光の現在の株価は3,600円前後です。
参考
https://www.idemitsu.com/jp/content/100005157.pdf
https://jp.reuters.com/article/idemitsu-showa-shell-idJPKCN1MQ0BK
今回はドラックストア間の株式交換事例です。2014年、ウエルシアHDが運営するドラックストアチェーン・ウエルシアは、イオンの子会社であるCFSコーポレーションと株式交換を行い、完全子会社化すると発表しました。株式交換比率は1:0.02で、株式交換の実行日は2015年9月1日です。この取引は条件を満たしていたので、簡易株式交換の方式によって手続きが進められました。
ウエルシアの株価は4,545円から大幅に上昇し、一時は6,630円まで上がりました。しかしその後落ち着きを見せ、5,520円まで下がっています。一方CFSも1,319円まで上昇を見せていたものの、最終的には1,008円で終了しています。
この株式交換は、少子化や高齢化などにより年々競争が激しくなるドラックストア業界で、シェア1位を獲得する目的で行われました。この取引の他にもイオンは、ウエルシアの株式をTOBを通じて過半数以上獲得し、親会社と子会社関係になりました。
地域密着型のサービスで好評を得ているウエルシアですが、最近の株価は低下傾向を見せており、3,000円前後で変動しています。
参考
https://www.welcia.co.jp/ja/news/news9089729884905888416/main/0/link/0000000443.pdf
https://www.nihon-ma.co.jp/news/20141022_8267-12/
http://nreye.jiji.com/site/2014/10/20141020-2/
2016年、セメント業界の太平洋セメントとデイ・シイの間で、株式交換が発表されました。株式交換の効力発生は2016年8月1日で、交換比率は1:1.375です。株式交換後は太平洋セメントが親会社、デイ・シイが完全子会社になります。
この取引により、太平洋セメントの株価は上下し、279円から299円に上昇、200円台中盤まで落ち込みますが、最終的には200円台後半に落ち着きます。デイ・シイの場合は352円から401円まで上昇し、一時は300円台前半まで下がりますが、最後は400円台を回復しました。
この株式取引を通じて、両社は経営資源を合わせ、公共機関の建設減少、人材不足などのリスクの回避を目指してさまざまな取り組みを実施しました。太平洋セメントの現在の株価は2,000円前後です。
参考
https://ma-times.jp/35238.html
https://www.taiheiyo-cement.co.jp/news/news/pdf/160512_3.pdf
繊維事業及び精密機器や素材の事業を展開してきた日清紡HDが2018年、株式交換により新日本無線を完全子会社にすると発表しました。株式交換比率は1:0.65で、2018年9月1日から効力が発生します。
この取引の影響で日清紡の株価は徐々に下落し、1,595円から一時は1,100円台まで落ち込みました。しかし、それ以降1,200円台までは回復しました。一方新日本無線の株価は当初904円から大きな変動を見せませんでしたが、950円に上昇後、また765円まで下落しました。
このM&Aを通じて日清紡はマイクロ波技術を持つ新日本無線をグループに取り込むことで、エレクトロニクス事業の拡大と強化を目指していました。日清紡の直近の株価は、1,100円前後で変動しています。
参考
https://www.jrc.co.jp/jp/about/news/images/20170515-1/6751_170515-01.pdf
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP479255_Q8A510C1000000/
最後は教育業界の株式交換事例です。2020年2月、IT技術を駆使して教育プラットフォームやテスト管理センター事業などを行うEduLabが、株式交換を通じて教育デジタルソリューションズを完全子会社化すると発表しました。教育デジタルソリューションズは日本最大規模の大学受験情報サービス、大学受験パスナビを運営する会社です。
株式交換比率はEduLab211、教育デジタルソリューションズ1で、効力発生日は2020年4月1日でした。これによりEduLabの株価は下落し、3,995円から2,797円まで落ち込みを見せました。一方、教育デジタルソリューションズは非上場企業だったため、株価に変動はありませんでした。
この取引により、EduLabは大学入試に関するメディア事業を強化することはもちろん、AIを活用した新教育プラットフォームサービスの提供に教育デジタルソリューションズの技術を活用する狙いを持っていました。EduLabの直近の株価は800円前後で変動しています。
参考
https://fs2.magicalir.net/tdnet/2020/4427/20200220467762.pdf
https://www.nihon-ma.co.jp/news/20200220_4427-3/
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株式交換は売り手の発行株式の全部を買い手が買い取り、その対価として買い手の株式の一部を渡すM&A手法です。売り手を完全子会社化する目的や、M&A費用を削減するために使われることがある手法で、時には事業継承に対する減税対策としても活用されます。
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